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栄光の架橋

私は今から8ヶ月前、

昨年の6月10日を忘れることができません。

治療が終わったばかりの木曜日の午後でした。

苦しくて苦しくて、

自分の部屋のベッドに寝ていた私に、

お友達が素敵なプレゼントを運んでくれたのです。

そのプレゼントは、

このブログです。

「世界中のみんなに生きる姿を見てもらおうよ。

 この青いキャンバスに、

 おばちゃんがこれから毎日色をつけるんだよ。」

そう微笑みかけてくれたのでした。

それからみなさんに語りかける、

私の毎日がはじまりました。

はじめてコメントがきた時のこと、

優しい言葉が送られてきたこと。

私を励ましてくれたたくさんのご声援。

今日は何をみなさんと語り合おうか。

そう考える毎日が楽しくて楽しくて、

私はもう一度生きる希望を見つけたのでした。

みなさん。

本当にありがとうございます。

毎日毎日私と一緒に、

生きてくれてありがとうございます。

昨日のブログにも書いたように、

私はこれからがんばらなければなりません。

もうこの病気と本気で向き合わなければ、

病気において行かれそうになるのです。

しばらく、

私の病気が回復するまで、

このブログをお休みさせていただこうと思います。

がんばる時は、

一人がいいのです。

ですが私はみなさんに大切なものをいただきました。

だからきっと大丈夫。

またみなさんに何かをお話できる時が来ると思うのです。

そう信じて、

みなさんにありがとうと言いいます。

ありがとうございました。

私の携帯電話の着信音にもしている、

栄光の架橋を、

どうか一緒に聴いてください。

私はこの歌をみなさんにうたいながら、

新しい舞台の、

幕を開けることにします。

みなさんと過ごした時間が、

これからの私の栄光へと続く、

光輝いた架橋になることを心から信じて。

明子

 

栄光の架橋

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2010-01-23(Sat)
 

がんばれ

ずっとベッドに横になっていると、

お腹がすいてきました。

気づけば副作用を避けるために、

ずっと食べていなかったから。

私は自分のためにシチューをつくりました。

何となく食べたくなったのです。

コトコトと煮込んでいる間、

様々なことを考えました。

以前もこうして誰かのために作っていたなあ。

幸せな日々を思いだします。

あの頃の景色や香り、

そしてあの頃の気持ちが、

鮮明に浮かんできて、

私は束の間の幸せを鍋の底に見つけました。

そして今という現実を私は考えました。

ついさっきまでは、

苦しくて寝込んでいた自分の姿を、

客観的に見つめながら、

私はシチューをかき混ぜます。

がんばるしかない。

私は自分に言い聞かせました。

がんばるという言葉が、

嫌いな人もいるようですね。

今も十分がんばってるんだから、

それ以上がんばれという言葉は、

言ってほしくないとか。

でも私はがんばるという言葉が大好きです。

がんばっていても、

がんばれていないことだって、

きっとあるでしょうから。

私は今日がんばっても、

明日はもっとがんばりたい。

そうしたら年を重ねるごとに、

最高のがんばりを見せられるじゃないですか。

がんばることをやめたら終わってしまいます。

立ちあがるための最後の手段は、

もうがんばるしかないと思うのです。

本気にならなければ、

人はがんばることなんてできないですから。

がんばることって、

誰もができることだけど、

私は特別なことだと信じます。

だから私は、

がんばれという言葉を、

とてもうれしく、

とてもありがたく、

みなさんからいつもいただいているんです。

ありがとうございます。

 

2010-01-22(Fri)
 

明日

今日もまた激しい副作用がおそってきて、

ずっとベッドの中で過ごしました。

食したものは全部出ていってしまうし、

体には力が入らないし、

口の中は口内炎だらけで、

起き上がりたくもないし、

何も食べたくもありません。

病気の恐ろしさを改めて感じます。

どうしてこんなにきつい思いを、

この年になってまで経験しなければならないのでしょう。

何をすれば解放されるのか、

どこにぶつけたら癒されるのか、

わからないまま、

涙があふれてきます。

明日はどうか今日よりも、

気分がよくなっていますように。

2010-01-21(Thu)
 

りんご

以前もそう綴りましたが、

りんごを食べると妹を思い出します。

店に行くと、

妹が好んで食べていた銘柄のりんごを、

探します。

今日はいくらか副作用が軽かったのですが、

ものを食するのがここのところ不安で、

食べる気がおこりません。

でもそれでは弱ってしまうので、

今日はりんごを煮て食べました。

食欲がない時はいつもりんごを手にとります。

りんごが食べやすいからというわけでなく、

りんごの甘さが、

妹の優しさにように、

体をさすってくれるから。

退院してから部屋でほとんどの時間を、

一人で過ごしています。

今は苦痛の隙間から自分を見つめ、

そして向き合い、

来る日も来る日も痛みだけがそばにつきまとう、

やるせない時間を送っています。

でもそんな時でも、

人は決してひとりになることはない。

いろんなかたちを経て、

様々な優しさを受けることができます。

だから私はいつも苦しい時は、

りんごを手にとるのかもしれません。

 

2010-01-20(Wed)
 

健康

夜中から副作用がひどく、

今日は病院へ行きました。

すると先生からこのような言葉が。

「そのうち慣れますから。」

私は気が遠くなるのを感じました。

先生のお言葉に対してではありませんよ。

私の健康は、

もはやこの現実に慣れることでしか、

得ることできないのかと思うと、

先の未来がぼやけてしまったのです。

慣れることが、

私の安らぎなのでしょうか。

もしも願いが叶うとしたら、

ひと時でいいから、

すべての病気から解放されて、

本当の安らぎを感じてみたい。

以前は毎日当たり前のように、

健康に過ごしていたのに。

健康とは失ってしまって、

はじめてその存在の大きさに気づくもの。

そばにいてくれたことが、

こんなにも幸せなことだったんだって、

今さらながら愛おしく思えます。

私は健康に恋をしているようです。

これから先、

実ることのないこの思いに、

私は焦がれてしまうのでしょうか。

それとも私たちを引き離した病との生活に、

慣れてしまえと言うのでしょうか。

 

2010-01-19(Tue)
 

真っ赤な布草履

いとこの旦那さんが、

私のために布草履をつくってくれました。

100118_002513_ed.jpg 

私が入院している間につくってくれたようです。

私の病気がよくなることを祈りながら、

編んでくれたとのこと。

私は真っ赤な布草履を胸に抱きしめます。

どうして旦那さんが草履を編んでくれたかと言うと、

それには理由があります。

以前いとこの家で話した昔話を、

旦那さんは覚えていてくれたのでしょう。

私が幼い頃の話です。

私は母親が編んでくれた藁草履を履いて、

毎日学校へ通っていました。

家から何キロもある道のりを歩いていると、

鼻緒が切れて、

藁がほつれて、

藁草履は毎日ボロボロ。

母は明けても暮れても、

私たちのために藁草履を編んでくれたものです。

そんな昔の話です。

もしかしたら今もヘトヘトに日々毎日を歩く私を、

おっかさんが心配してくれて、

もう一度私のもとへ、

草履を届けてくれたのではないか。

母親の笑顔が何度も何度も私にうなずいてくれて、

涙が止まりませんでした。

旦那さん。

素敵なプレゼントをありがとうございます。

私は今、

忘れかけていた愛情を胸に抱くことができます。

真っ赤な布草履が、

思い出と共に私のもとへ運んでくれたのです。

2010-01-18(Mon)
 

感謝

副作用がとてもひどくなり、

今日はいとこに病院へ連れて行ってもらいました。

今日は土曜日だからか、

待合室はかなり混んでいて、

長い時間待つことになりました。

そんな時、ちょうど主治医の先生が、

私の前を通りかかりました。

症状を和らげる点滴を打ってくれるとのこと。

ほっと力が抜けるのを感じました。

点滴を受けていると看護師さんが、

このブログを見て泣いてくれたという、

思いがけない言葉をかけてくださり、

病院でいろんな方の親切に、

励まされる思いでした。

ありがとうございます。

それから電話一つで駆けつけてくれて、

病院へ連れて行ってくれたSちゃんありがとう。

 

2010-01-17(Sun)
 

昨日までとても激しかった副作用が、

今日はぴたりと止まり、

止まれば止まったでまた心配になります。

今日も一日中部屋で過ごしました。

こんなに何日も退屈ではないかと、

思われるかもしれませんが、

退屈なんかじゃありません。

そういう時は、

心の中でいろんなことを考えて、

旅に出るようにしていますから。

今日は遠方で暮らす姪のことを考えました。

治療の日には必ず連絡をくれて、

入院中もずっとメールを送ってくれました。

私たちがはじめて会った時のこと。

小さい時に抱きしめてあげた時のこと。

一緒に生活していた時のこと。

彼女とみずいらず隣り町までドライブしたこと。

大人になった彼女と夜中までお酒を酌み交わしたこと。

心がどうも晴れない時は、

大好きな人のことを想う旅にでます。

そうするといつの間にか、

見失いかけた幸せを見つけることができるのです。

今年私の姪はお友達と一緒に、

こちらへ遊びに来るとか来ないとか。

実は先日入院をする時に、

帰れなかったらどうしよう。

と悩んだことがありました。

でも楽しみが未来で待っていてくれるから、

がんばっていたんですよ。

アメリカへ行っても、

ヨーロッパへ行っても、

アフリカへ行っても、

たくさんのすばらしいものを観光できるでしょうが、

一番見ていたいもの、

一番感じていたいものは、

私の心の中にあります。

2010-01-16(Sat)
 

勇気

薬の副作用で、

食したものがすべておもてに出てしまいます。

食事をするのが怖くて、

外出することがとても不安です。

まだ慣れていないだけだと、

そういう気持ちを打ち消しながらも、

今日もとても寒かったので、

寒いことを理由にずっと部屋で過ごしました。

部屋にひとりベッドに横たわり、

入院中同じ病室にいた、

同士たちのことを考えました。

今頃どうしているのかな。

入院する時に個室を希望していた頃もあったのです。

ですが今はあえて大部屋を希望します。

病気は一人で向き合うよりも、

誰かと肩を組み合って向き合うのが一番ですから。

一人で向き合えば感じる不安も、

二人で向き合えば勇気に変わります。

勇気って一体何なのでしょう。

弱さがひっくりかえって出てきたもの?

それとも愛から引き出された結晶なのでしょうか?

ただ勇気を出している時は、

そんな自分が好きに思えたりしますね。

 

2010-01-15(Fri)
 

久しぶりに自分の部屋で過ごします。

部屋の景色も、においも、

とてもなつかしくて、

心が安らぎます。

今日はどこへも出かけず、

一日中部屋で過ごしました。

今日はとっても寒くて、

私たちが住む地域ではめずらしい雪が、

チラチラと風にのって降っています。

粉雪をぼんやり窓から眺めていました。

雪って、

とてもめずらしいから、

うれしくなります。

静かな時間が流れるから、

こうして何をするわけでもなく、

部屋にいることがとても心地よいのです。

私だけに許された、

何が特別な時間のような気持ちさえしてきます。 

 

2010-01-14(Thu)
 

ただいま

今日退院しました。

みなさんいろいろとご心配をおかけしました。

この入院は、

新しい治療に私の体が適応できるかどうかを、

確認するためのものでしたが、

今のところ大きな副作用もなく毎日を過ごしています。

今回の入院から私は、

かけがえのないものを得ることができました。

それは同じ病室で闘病されていた方との出会い。

私と同じ癌患者の方たちと過ごした時間です。

私たちはお互いの運命について、

夜通し語り合ったのです。

時に慰め合い、

時に励まし合い、

慰めも励ましも、

すべてが友にかける言葉であり、

同時に自分自身にかける言葉でもあり、

笑顔を浮かべながら、涙がとまないことも。

でも一人ではないんだなあと、

大きな力をもらえた時間でした。

私もがんばらなければなりません。

がんばらなければならない。

そう思うことができない時が、

一番苦しかったりしますからね。

私はまた病院で、

生きる糧をいただきました。

ありがとうございます。

それから、

遠くから毎日のように見守ってくださった方。

そばでお世話をしてくださった方。

私の帰りを待ってくださった方。

ありがとうございます。

ただいま。

2010-01-13(Wed)
 

行ってきます

明日から新しい治療を開始するため、

しばらく入院します。

抗がん剤を錠剤で受けることになったのですが、

新しい治療のため、

もしもの時に迅速に対応できるため、

入院が必要とのことです。

できることなら、

慣れてしまった点滴を続けたかったのですが、

仕方ありませんね。

すぐに戻るつもりですが、

しばらくの間、

ブログを更新することができません。

不安な時は、

みなさんからいただいた、

心温まるお言葉を思い出します。

それではみなさん。

行ってきます。

 

2010-01-05(Tue)
 

我を生きる

がんばって毎日に活動する私でも、

お正月は一人静かに時を過ごします。

久しぶりに、

自分と、

自分の病気と、

向き合う時間でもあります。

自分の胸をそっと私は鏡で見るのです。

一方は手術でなくなってしまい、

もう片方は、

とても鮮やかな花のような真っ赤な炎症が、

一枚、一枚、

日々を追うごとに広がっていきます。

お友達が電話をかけてきてくれて、

どこかに出かけようよ。

と誘ってくれたりします。

ですが私は、

もう少し自分と向き合いたい気持ちで、

いや、

今は外のまぶしい輝きを受け止めることができなくて、

今日も家にとどまることを選択しました。

遺言書

私はこの正月に、

はじめて自分の未来のために言葉を綴りました。

それは決して、

生きることから逃げているのではありません。

自分の死と向き合うこと。

それが今私を唯一心を穏やかにしてくれる、

私の勇気であり、

支えになるのです。

そうする私は、

決して自分から逃れてはいないと思うのです。

やがて訪れれる死をも見つめられてこそ、

そこに自分の最大の誇りを持ててこそ、

我を生きることなのではないのでしょうか。

そう思わなければ、

自分でもまったく未知の世界に、

ただひたすら、

ただがむしゃらに、

突き進むことはできませんから。

 

2010-01-03(Sun)
 

謹賀新年

2010年の時が流れはじめました。

みなさん。

あけましておめでとうございます。

大みそかは、

いとこたちがそれぞれ腕をふるって、

おせち料理を私の部屋まで運んでくれて、

人の温かさに触れながら、

新しい年を迎えることができました。

いつも帰省してくる弟が、

今年は帰ってくることができなかったので、

ひとり静かな時の中で、

様々なことに思いをはせながら、

お正月を過ごしています。

みなさんにとって、

すばらしい一年でありますよう、

心よりお祈り申し上げます。

私はこのお正月が過ぎれば、

入院をして、

新しい治療がはじまります。

今年も顔晴りますよ。

 

2010-01-03(Sun)
 
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